流されて生きる (2011年12月28日)

敬天愛人箚記

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初めて子供たちからすてきなクリスマスプレゼントを貰いました。長女からプッチーニ「ラ・ボエーム」のチケット、次女からは図書カードを頂きました。妻には二人から東京・新神戸間の新幹線往復切符でした。妻の親友たちが関西在住なので、妻が会いに行きたいだろうとの思いやりでした。プレゼントには手紙が添えられていました。「これからの人生、家族みんなで幸せになれるから大丈夫!何も心配することないよ!」とありました。

早いもので、東京で迎える2度目のクリスマスでした。今年のクリスマスイブは長女のフィアンセの変な外人と、次女のアラフォーの婿殿と、妻の東京での唯一の友人との7人でクリスマスパーティーを楽しみました。思えば妻と二人、淡路島を出て2年近い歳月が過ぎました。たくさんの人たちのおかげで、私たち夫婦は穏やかな日々をここ東京の下町で過ごしています。当初、次女と3人で暮らし始め、長女が帰国し、4人で暮らすことができたときは信じられない思いがしました。ましてや、この年末年始を娘たちの伴侶とともににぎやかに迎えることになるとは思いもせぬ贈り物だと感激しています。

さて、これまでの人生を振り返ると、何かに流されて生きてきたように思うことがあります。もちろん、折々、節々において自分自身の判断により決断してきました。それでも何か自分では制御できない作用が働いた結果、今、私がここにこうして在るというような感じがします。昨年春、会社倒産の後、半年に亘る親戚宅での居候生活を経て、妻と二人上京し、下町での借家暮らしが始まりました。倒産という人生における大きな変化の後、ああしよう、こうしようといった積極的な決断をすることなく、親戚や友人に支えられながら気が付くと東京での新しい生活が始まっていたという感じなのです。まさに、流れに流されて生きてきたと思うのです。特にこの2年間、流れに棹をさすことなく、ただただ流されてきました。そして今は、それが良かったと心の底からそう思っています。人間誰しも必ず大変な経験をします。なかでも、大きな失敗をしたとき、多くの人は一日も早く挽回をしようと焦って事を始めようとします。大抵の人が、そのようにして再び失敗を繰り返えすことになります。そのような逆境のときは、じっくり体力気力が回復するまで、ゆっくり休むことが大切です。私はこの2年間、ひたすら精神的回復に努めてきました。ようやく気力が湧いてくるのを実感しています。

私の下町の借家は1階が事務所兼私の部屋になっています。2階は台所と居間、そして寝室です。3階は屋根裏部屋で子供たちの寝室です。今は私たち家族みんながこの家がとても気に入っています。古い木造家屋で決して広くはありませんが、使い勝手が良く、住み心地がいいのです。昨年夏、私と妻はこれから東京で暮らすことだけを決め上京しました。妻の友人が御徒町に住んでおり、どうせ当てもないので近所に住もうかということになり、探した物件でした。一見して、私たちが住むことに予め決まっていたかのような家だと思いました。まるで私たち家族のために建てられたかのようでした。

私の会社の倒産は、私たち家族一人一人の人生を大きく変えました。しかし、その変化は決して悪いことばかりではなく、良いこともたくさんあったのだと思っています。娘二人にそれぞれ心優しい伴侶ができ、長男はアメリカで自立し始めることが出来ました。そのうえ、東京台東の下町で、家族が一緒に暮らせることが出来、これ以上の幸せはありません。この2年間、流れに身を任せ、流されて生きてきて本当に良かった、いたずらに棹ささずに流されてきて本当に幸いだった、今、心からそう思っています。