考えるということ (2011年6月10日)

敬天愛人箚記

私たちは毎日いろんなことを考えています。でも、本当に考えているのでしょうか。ただ出来事を想い出したり、悔んだり、悩んだりしているだけではないでしょうか。まだ起こってもいない、これから先のことを不安に思ったり、心配してしているだけではないでしょうか。それを考えていると思っているのかもしれません。

考え方を学校で教わりましたか。よく想い出してみると、学校ではいつも答えを求められました。決まっている答えの出し方を教えられました。私たちが学校で教えられることには、みんな答えがありました。しかし、世の中に出てみると答えが無いことが多いのです。自分で答えを見つけ出さないといけないことが多いのです。残念ながら私たちは決まった答えの無い問題の考え方を教わっていません。だからどうしたらいいのか、さっぱり分からないのです。

考えるという言葉の意味は、未知の事柄を解決しようとして頭を働かせることだそうです。決して過去を振り返って悩むことではありません。将来のことを思い患うことでもありません。考えるという行為には何かしら論理的で創造的なイメージがあります。物事を論理的、創造的に考える方法を私たちは教わっていません。ようするに考え方を知らないのです。

最近よく言われる考え方にはいくつかの方法があります。ロジカルシンキング(論理的思考法)、クリエイティブシンキング(創造的思考法)、クリティカルシンキング(批判的思考法)、仮説思考法等です。これらの考え方には、それぞれ具体的なやり方があります。それを知っているのといないとでは、大きな違いがあります。特に経営者は日々いろいろな経営判断をする立場ですから、問題解決の手法でもあるこれらの考え方を、知っているにこしたことはありません。何かトラブルが起きた時、どこに問題があるのか、何が問題なのかを正しく把握する必要があります。そして問題解決の方法を考えださねばなりません。問題の本質を突きつめていく過程において、論理的、批判的に考える必要があり、解決方法を探し出すにあたり、創造的に考え、仮説を立て、考えねばなりません。

考えるという作業はエネルギーをたくさん使い、とても疲れるものです。「今からこのことを考える」と意識をしてから考える習慣を身につけ、悩むことや心配することは考えることではないと認識できれば、案外、日々のストレスが和らぐかもしれません。