砂時計 (2011年9月5日)

敬天愛人箚記

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私たちは生まれた瞬間から、人生の残り時間を刻み始めます。子供のころは早く大人になりたくて仕方ありません。若者は自分の人生に終わりがあるなんて考えられません。年を取るに従い、少しずつ、人生には限りがあると感じ始めます。私たちの人生は砂時計のようです。生まれた瞬間、砂時計がひっくり返されます。そのときから、私たちの命の砂が一粒一粒、一定の速さで下に落ちていきます。最初は、よく見ていても何の変化も感じられません。しかし、半分を過ぎると、砂が落ちる速さが増したように思われます。そして、残りが少なくなると、見る見るうちに砂が吸い込まれるように下に落ちていきます。砂時計の砂が落ちる様子は、まさに私たちの人生の時間の流れ、そのもです。

私は本年55歳ですから、砂時計の砂の残量が3分の1いや4分の1になり、なんとなく残りの量が少なくなり心細く思われ、砂の流れが今までより速く感じられる頃かもしれません。人は死を意識することで、また、死と直面することで、人生に対する考え方が大きく変わると言われています。私は2年前、白血病を発症したとき、まさに近い将来の自分の死を意識しました。そして私も人生に対する考え方が大きく変わりました。まず、時間の大切さを自覚しました。人生の残り時間が少ないことを認識したことで、今という時間を大切にし、今、ここ、にすべての意識を集中して生きようと思いました。次に、あらゆる優先順位が変わりました。仕事では、やることの意味、意義を考え、今、本当にするべきことは何かを考えました。自ずと優先順位がそれまでとは違っていました。プライベートでは、家族との時間を大切にし、少しでも多くの時間をともに過ごそうと思いました。友人たちとは、本当に時間をともにしたいと思う友人とだけ会おうと思いました。長年、仕事にかまけ、子供のころの友人や学生時代の友人と疎遠になっていました。これからは時間をつくって彼らと会おうと思いました。また、過ぎ去った過去を思い煩い、まだ来ぬ未来を案じる愚かさに気づきました。今ここにいることに意識し、今ここにある自分の奇跡を感じ、すべてのことやものに感謝して生きよう、そう思いました。そう考え始めると、世の中が一変しました。些細なことに思い患い、つまずいていた自分がおかしく思われ、ゆっくり、のんびり歩いていこうと考え始めました。

人は大病することや事故にあったりすることで、死を意識し、人生観が変わると言われています。しかし、なにも大変な思いをしなくても、人生の砂時計をイメージすることで、人生の残り時間の変化が分かります。年齢も関係ありません。いくつであろうと、砂時計の砂は確実に減っています。人生の残り時間を意識し、今、ここに在ることに感謝して充実した日々を重ねていきたいと思います。